映画『アメリ』の解説記事を更新しました!

映画『戦場のピアニスト』が奏でる、人としての尊厳とは?

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はじめに

こんにちは。映画大好きシンヤです。

今回は年公開の映画『戦場のピアニスト』について考察してみました。

この映画は実在したユダヤ人ピアニストである「ウワディク・シュピルマン」の半生を描いた作品です。

作品的にはカンヌ映画祭でパルムドールを受賞していることや主演のエイドリアン・ブロディはアカデミー賞の主演男優賞を受賞しているなど、とても評価された映画になっていいます。

さて、この記事では映画『戦場のピアニスト』を自分なりにレビュー・解説しています。

独自に『戦場のピアニスト』を考察しているので、この記事と合わせて見てもらえば、より深く作品を味わうことができるでしょう。

歴史的な悲劇を扱っていますが、その悲劇を知るには最適な作品です。ぜひご覧になってください。

レビュー・解説にあたって

当ブログの映画ページでは、映画の魅力をより伝えられるように、私の視点で映画の中身について語っています。(ネタバレ含みますのでご注意を!)

例えばこのシーンを見ると、より感情的な配慮があったり、技術的に訴えているなどの意味合いなど、細かい部分などにあたります。もし、お手元に映画があるなら一緒に見てもらえると、より分かりやすいと思います。

それでは始めて行きます!

映画の概要

スタッフ/キャスト

  • 監督:ロマン・ポランスキー
  • 脚本:ロナルド・ハーウッド
  • 出演:エイドリアン・ブロディ、トーマス・クレッチマン
  • 撮影:パヴェル・エデルマン
  • 編集:ハーヴ・デ・ルーズ
  • 音楽:ヴォイチェフ・キラール
  • 公開:2002年(日本2003年)

あらすじ

1939年、ポーランド人でもありユダヤ人でもあるピアニスト、ウワディク・シュピルマンは、ナチス・ドイツが実施したホロコーストの渦中に放り込まれる。

シュピルマンは、家族と離れ離れになりながらも生き残る道を見つけようと、もがきながらも人生の駒を一歩ずつ進めていく。

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ホロコーストの一部を学ぶには最適な映画

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『戦場のピアニスト』は、ナチス・ドイツがおこなった、ユダヤ人たちへの迫害である「ホロコースト」についての映画です。

ユダヤの人々への迫害は、はるか過去からの歴史上のことなので、私からあまり主張することはできません。

しかし第二世界大戦中、ナチス・ドイツがユダヤ人に対し実施したホロコーストはあまりにもひどい仕打ちであると思います。

ユダヤの血があるだけで無差別の迫害を受け、強制収容所に連れて行かれ、そして無残にも殺されていく。

これは、ユダヤの人々が人間としてまったく見られていなかったということです。

こんなひどい仕打ちがあってはいけないでしょう。

この『戦場のピアニスト』では、ホロコーストの一部ではありますが、その実態を赤裸々に明かしてくれています。

第二次世界大戦のナチス・ドイツを知る上でも、ユダヤ人への迫害についても、とても貴重な作品だと言えると思います。

ポーランドという国限定の話ではありますが、歴史の背景、ユダヤ人という人種、そしてホロコーストの悲惨さをこの映画では学ぶことができます。

シュピルマンは最高の幸運の持ち主だった

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シュピルマンの運命はとても幸運だったと言えるでしょう。

この映画を思い出すだけでもよく生き残ったなと思えます。

以下にシュピルマンの命運を分けた出来事を挙げてみました。

  1. シュピルマンが働くラジオ局の爆撃から逃れることができた
  2. 家族と離れ離れになっても強制収容所への列車に乗らずに済んだ
  3. ナチス・ドイツ軍兵士の無差別発砲殺人から選ばれずに済んだ
  4. ポーランド側で手に入れた食料の袋を、ナチス・ドイツ軍兵士に中身を開けろと言われた時
  5. 隠れていたアパートに、突如ナチス・ドイツ兵が来て自分が捕まると思っていたら別の人間を捕まえていった
  6. ポーランドが蜂起した際に、ナチス・ドイツ軍戦車からの砲撃から逃れることができた
  7. アパートの屋根に逃げようとした際に、ナチス・ドイツ軍兵士からの狙撃から逃れることができた
  8. 隠れた家に、ナチス・ドイツ人将校がいたが見過ごされた
  9. ナチス・ドイツ軍の軍服を着ていたばかりに、ナチス・ドイツ人と間違われて撃たれることになった

疑っても意味がないので、これらは本当にあったことだと考えます。

シュピルマンは、これらの生と死の狭間で起こった出来事すべてに生き残ることができたのです。

そう考えると、シュピルマンは最高の幸運の持ち主だったことが分かります。

「一生のお願い」を9回もして、全て叶っているような男がシュピルマンなのです。

もちろん戦争なので笑い話にすることはできません。

家族や友人たちが犠牲になっているのですから、シュピルマン本人にとってはいたたまれないことなのは分かります。

しかし、この幸運の数は見過ごせません。

シュピルマンがどう思っていたにせよ、よくぞ生き残ったと言えます。

受け身の構成が招いてしまう、飽きさせてしまう構成とは?

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上記の幸運による出来事を、映画の構成とあわせて考えていくと、一つのある要素が分かって来ます。

それは、この構成の場合、ほぼ「主人公が受け身」になる映画ということです。

つまり、主人公は「何かが起こってから動く」という構成になってくるわけです。

もちろんこの物語はシュピルマン自身が原作を書いており、実体験に基づくものです。

そこに否定的な意見があるわけではありません。

気にかけるべきところは、映画の中でどうやってこの構成で観客に違和感を持たせないかというところなのです。

映画は小説ではありません。

小説であれば、自分でページをめくるのをやめることがいつでもできます。

疲れたり、飽きた時には本を机にでも置けるのです。

そして、読みたくなったらまた本をひらくことができます。

しかし、映画はそうはいきません。

なぜなら映画の場合、観客は映画館から出ることがいつでも許されていますが、多くの観客はそのようなことをしたがりません。

最初から最後まで映画を見ようとします。

そのため、映画の作り手は観客に対し飽きさせない工夫が必要になります。

しかし、映画の中で主人公が「受け身」ばかりでいると、観客は段々と主人公に魅力を感じられなくなっていきます。

観客は、「主人公がどう選び、どう行動するのか」を見たいからです。

それら、主人公自らの能動的な行動や魅力がないと途端につまらくなっていくのです。

そしてその結果、いつの間にかあなたにはフラストレーションが溜まっていくのが分かるはずです。

これが飽きさせる兆候です。

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飽きさせないように、実は行動しているシュピルマン

映画の構成で受け身の物語だけというのは、観客を飽きさせる元になることは分かりました。

したがって、観客を飽きさせないように何か能動的に主人公を動かす必要があります。

では、シュピルマンは実際能動的に動いていないのでしょうか?

実はそんなことはありません。

シュピルマン自身、自ら行動もしています。

それは以下のようなことから分かります。

  • シュピルマンのファンであるドロタに自ら会いに行った
  • ホロコーストの迫害に対し地下運動に参加しようとした
  • 警察に捕まってしまった弟を助けようとした
  • ゲットーから出て、知り合いのヤニナ夫妻にかくまってもらおうとした
  • 逃げるのではなく、アパートに残ることを選んだ

これらのように、決してシュピルマンは流されっぱなしではないことが分かります。

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自ら行動する意志を持っているのです。

これらのおかげで、受け身の物語の中でも何とか行動していこうという構成を持たせています。

その目的は、観客が飽きないようにさせるためです。

とは言え、ホロコーストが実施されている中盤以降は受け身の構成がずっと続きます。

それについてはどうしても仕方がないと考えられるので、能動的な行動は冒頭付近に集められています。

冒頭でシュピルマンが行動できる男なのだということをきちんと見せてから、迫害される渦中へと放り込まれていくようにしているのです。

おそらくこの構成が、何とか先を知りたいと思えるような飽きさせないギリギリのラインだとも思えます。

(このような悲劇的な映画に飽きるも何もないかもしれませんが…)

そして、ストレートな一本道構成

この映画は見て分かるように一本道です。

ウワディク・シュピルマンという主人公の一人称の視点だけで物語が綴られていきます。

他の登場人物に焦点があたることもないですし、また全編に渡りシュピルマンの過去などを映したカットバックもありません。

シュピルマンが何かを思い出すようなシーンもないため、カットバックが当たり前の今では珍しい作りと言えるでしょう。

もちろんこの理由は原作を尊重し、脚色を抑えたからに他なりません。

また、純粋にナチス・ドイツ軍がどのようにポーランドに侵攻していったかを表現したかったのでしょう。

それはポーランドに住むユダヤ人たちが、ナチス・ドイツ軍たちの卑劣なホロコーストを受けざるを得ない姿をまざまざと見せつけてくれます。

そして、この一本道構成はとても功を奏しています。

ユダヤ人たちに無差別におこなわれたホロコーストが、どのように進められたかが段階を踏んで分かるからです。

また、シュピルマンの生きる生気が段々と無くなっていくさまも同時に伝わってきます。

シュピルマンと観客を重ねる効果的なショット

この『戦場のピアニスト』では強調している、あるショットが多用されています。

観客にはあまり意識されないように映されていて、気にならないようなショットです。

それは、窓から外を覗くような視点のショットです。

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例えば、「居住区に移動した家からの窓」や「逃げたアパートの窓」などです。

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シュピルマンは窓から外を覗いて世界を知るようにしています。

これは観客も同じで、シュピルマンと同じ境遇におき、ホロコーストと戦争を疑似的に体験させているわけです。

また、このショットこそが観客が見たいものを見せているものに他なりません。

一体外では何が起こっているのか、それを窓から傍観者的に見させてくれているのです。

シュピルマンの性格と相まって、とても良い表現方法だと言えます。

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THE PIANIST

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シュピルマンがピアノを演奏するシーンです。

もっとも「シュピルマン」が「シュピルマン然」としています。

しかし、その演奏の始まりはとても弱々しい演奏です。

それもそうでしょう。

シュピルマンにとっては、ここから生き残れるのか、それともこの曲を弾き終わったら殺されるのかは、目の前にいる男にかかっているわけですから。

自分の命が、自分の演奏を聞いているナチス・ドイツの将校が握っているわけです。

しかし、シュピルマンの旋律が穏やかだったものから段々と強くなっていきます。

シュピルマンがピアノに集中して弾きはじたのが分かります。

おそらくシュピルマン自身、最後の演奏だと悟っていたのでしょう。

悔いが残らないようにと、繊細さと荒々しさを兼ね備えたように奏でていきます。

それはまるで、自分が見てきた惨劇の悲惨さを訴えているかのようです。

演奏が終わったあと、ナチス・ドイツ軍将校にシュピルマンは殺されずに済みました。

その理由は誰にも分かりません。

きっと将校は、このシュピルマンの演奏を聞き、人としての尊厳を垣間見たのではないでしょうか。

そしてシュピルマンは、この将校が去った後「涙」します。

助かったからでしょうか?

それとも恐怖を感じていたからでしょうか?

どちらも当てはまりそうですが、何よりも自分の惨めさを感じていたんだと思います。

ピアノが奏でる音と涙の、胸を打たれるシークエンスです。

最後に入れたちょっとしたコメディ?

ポーランドが国を取り戻したことが分かったシーンです。

シュピルマンが隠れていた家の前の道路を、ポーランド国旗を掲げたトラックがポーランド国歌を鳴らしながら走り抜けていきます。

シュピルマンはこの時、ナチス・ドイツ将校からもらったナチスのドイツ軍服を着ていました。

そして、その格好のままポーランド軍たちがいるそばに向かいます。

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見ている観客誰もが「それはダメー!」と叫びたがるシーンです。

観客の予想通り、ポーランド軍はシュピルマンに向けて発砲を始めます。

結果的には何とかシュピルマンがポーランド人だと分かったことで事態は収まりました。

シュピルマンが助かって良かったです。

ただ、映画としての疑問が残ります。

なぜこの演出をわざわざ入れたのでしょうか?

これがもし事実という話なら、シュピルマンは本当に打たれるまで考えていなかったか、そんなことはどうでもいいと思っていたほど嬉しかったというのが妥当でしょうね。

なぜなら、戦争が終わったことを告げてくれているわけですし、それに自分が置かれている状況がようやく改善されるわけですから。

本当に嬉しかったんだと思います。

ただ、もしこれが演出だとしたら、そこは観客へのサービスショットと言えるでしょう。

あえて観客へ突っ込ませるようにしているわけです。

ちょっとしたユーモアとコメディですね。

何となく監督が「最後に面白がってね!」と言っている気がします。

もし、ここで殺させてしまっていたら、それはそれで大変な残念な映画になってしまいますしね。

どちらにせよ、ちょっとしたエッセンスを盛ったシーンで和ませてくれています。

まとめ

第二次世界大戦の渦中、ナチス・ドイツがおこなったホロコースト。

何十万人ものユダヤ人たちを強制収容所に閉じ込め、ひたすら虐殺を繰り返してきました。

このような殺戮をしてきたナチス・ドイツは本当に憐れだと言えます。

『戦場のピアニスト』は、ウワディク・シュピルマンの半生を描いていますが、それはユダヤ人たちにおこなわれた迫害についての映画でもあります。

ホロコーストを題材にした映画は多いですが、どれも同じようにより多くの人に知ってもらいたいというメッセージがこの映画にも含まれています。

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